R.I.P.ジョーちゃん

  • 2011/10/14(金) 15:28:42

悲しいニュースが来た。
柳ジョージ氏死去。

大好きでした。
俺たちの世代にはファンが多いはず。
しかも、横浜のPXがあった時代を知っている人間達には特別な想いがあるはずだ。
青い瞳のステラ


フェンスの向こうのアメリカ

俺が知っているのはジョーちゃんが歌っている時代より少しあとになると思うが、
戦後復興してからの1960〜70年代を通して同じ山手、本牧、元町などの空気感をこの2曲は
持っていると思う。だからいつ聞いても、カラオケで歌っても俺にはガキの頃のあの景色が浮かぶんだ。
訃報を聞いて、青い瞳の〜聞いて、フェンスの〜聞いたらなんか涙が出て来た。
今はもう無いあの本牧辺りのあの「アメリカってこうなんだろうなぁ」とガキの頃、夢を描いた
あの景色、空気はもう亡くなって久しい。でもね、この2曲を聞くと蘇ってくるんだ、いつでも。
でね、その柳ジョージがこの世を去ったと。
そしたら、ガキの頃、そしてオトナになりかけて遊び歩いてた頃、ハマッ子にとっても
すごく「ヨコハマ」漢字じゃなくてカタカナ、あのカッコ良く憧れて、自分もそこにいた自慢の世界が全部無くなっちゃう様な寂しさが涙と一緒にこみ上げて来た。

特にフェンスの〜には特別な思い入れがあってね、
ガキの頃本牧のPXのすぐそばに住んでたりして、
近所で遊んでると、PXのフェンスまで行くと中は入れないのよ。
だから「フェンスの向こうのアメリカ」というのを知っているんだ。
でも、うちのオヤジが米軍に友達が多くいてね、
物心つく前からフェンスの向こうからオヤジの友人達が遊びに来たり、
オヤジと一緒だと自分もフェンスの向こうへ入れたんだ。マクドナルドが日本に上陸する前から
ハンバーガーにミルクシェイク。キャンディーバー、今では当たり前の太い缶のコーラなどのソーダ。そして遊びに行くと気軽に声かけられるんだけど、英語解かんないからなんか怖いのね。
だから「白いハローの子に追われて逃げて来たPXから〜」という部分がすごく解るんだ。
(ジョーちゃんと同じ状況だったかは知らないけど、言葉で聞くと同じに思える)
今みたいに情報も物資もアメリカからそんなに入ってない時代、フェンスの向こうには、
すごくカッコいいアメリカがあった。
そんなchild hoodがあったから、アメリカへ渡り、今こうしてアメリカで生活している。
ヨコハマの俺の周りには似た様な当時米軍関係の仕事などの親を通して、
フェンスの向こうのアメリカに触れて来た人間たちがいるんだ。


世代は俺より上だけど、同じエリアに想い入れがあるMOONのShigeさん。
Area1という名前が幅広い世代に、遠くの人たちにも残っているのは、
あの人の思い入れのおかげだと思っている。

親先輩とでも言おうか、ヨコハマで育ち、10代から色々と共にして来た人がいる。
彼も同じ様なフェンスの向こうの思い出を持つ人間だ。一緒に飲んでカラオケ歌ってるとね、
絶対この2曲を歌う。どっちが入れても結局一緒に歌う。
ヨコハマで朝まで飲んで騒いで楽しい想い出。
そんなのもあって、なんかセンチになっちゃうんだよね。

あと、ヨコハマといえばこの曲も。 ヨコハマを知る人間ならよく解る。


名曲


ほとんど轢かないギターの調子を見ると、この時はもう、かなり体調悪かったのかな。


今日、青い瞳のステラを聞くと「〜芝生の下に眠っていずに〜」って部分がステラじゃなくてジョーちゃんに思えてくる。

R.I.P. 柳ジョージ ”ジョーちゃん”
ヨコハマ魂 forever.

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